「店を閉めることになったので近いうちに来てください」とAさんから連絡があった。彼は恵比寿のコロンビア料理店のオーナーである。恵比寿駅から徒歩10分。華やかな商店街を抜けて、防衛省研究所の入り口前を通り抜ける。たった10分歩いただけで、「ここは恵比寿か?」と思われるような、うら寂しくなったあたりにその店はある。二等辺三角形の不思議なテーブル席と、ほぼ正方形のテーブル席がそれぞれ一つずつ、あとは8名が座れるカウンター。満席になっても20名くらいしか入らないスペースである。壁や棚には所狭しと南米の旗や置物がひしめいている。
日本人の父上とコロンビア人の母上を持つハーフ(いまはダブルと言うのか)のAさん。社交的で人懐っこい性質の彼はこの界隈ではなかなかの有名人。毎夜この店を止まり木とするご近所の人たちが集い、ちょっとした社交場となっている。そんな繁盛店なので、今回お店を閉めるという話を聞いた時にはびっくりしたのだ。もう16年も継続しており、3年間で7割のお店が廃業する飲食業界ではたいへんな成功である。長い間お疲れ様でした。
このお店には吾輩も一時期大変お世話になったのだ。もう10年も昔のことだが、コーチとして独立起業したばかりのころ、集客のために毎月のようにコーチング・セミナーを開催していた時期があった。セミナーを開催する悩みの一つは会場の確保である。そこそこお金を出せばアクセスのよい場所にキレイな会議室を確保できる。しかし駆け出しの(今も大差はないが)いちコーチがそんなに潤沢な資金を持っているはずがない。そんな中で、吉牛の「はやい、やすい、うまい」ではないが、「ちかい、やすい、ひろい」の会場を提供してくれたのがこのAさんであった。数えてみると2011年始めから2012年終わりまでに21回のセミナーをここで開催している。ご縁を作ってくれた場の提供に感謝である。
店を閉める事情は詳しくは聞いていない。この月曜日に立ち寄った際には、別れを惜しむ常連客が多数おられ、突っ込んだ対話ができなかったのだ。しかし、余力がまだあるうちに一旦終了し、次のステップを企画するのも良いのではなかろうか。今後の展開については、「これまで忙しすぎて家族と過ごす時間がなかったので、まずは家族とゆっくりして、充電期間をおいてから考えます。」とのこと。彼とご家族のご健勝を祈念しているのである。
話は少し飛ぶが、アメリカはサンフランシスコのレストランの話を聞いたことがある。そのレストランでは高騰する人件費をまかなうことができずに、十分なホールスタッフの雇用を維持できなかった。苦肉の策として、ウエイター、ウエイトレスの代わりを、お客にやらせた。お客はその店に入ったら、まずは自分で席を決め、オーダーを自分で選んで厨房へ行き注文する。そしてそれができたら自分で席に運んで、食事をするというもの。もちろん水やワインも自分でカウンターでグラスについで持って来る。おかわりも同様。そして清算する。そうした形態のレストランが主流になっているとは考えにくいが、厳しい飲食業界を生き抜くための一つの選択肢ではあろう。
Aさんの店では、現在サンフランシスコで行われているそのレストラン経営がある程度すでに実施できていたようだ。Aさんが店を用事で外す時には、常連客がカウンターに入って、例えばテキーラ―サンライズを作る。そしてその料金はごまかすことなく清算しレジに置いていく。まさに究極の信頼関係ではなかろうか。無責任発言をすれば、いっそセレナーデ的にサブスクリプションモデルにしたらどうだろう。例えば一年間の定期券を10万円で発行するのだ。そしてそれを持つ人は、お店に月に何度でも来て、フリーで好きなお酒と料理を食べることができるというシロモノはどうか。普通の店と違うところは、それをすべて自分で準備して、後片付けもしなければならないということくらい。
「なんだよ、結局宅飲みと変わらないじゃん。」と言う声が聞こえてくるが、実にその通りではある。違いとしては、Aさんの店で飲み食いすることで、Aさんコミュニティに受け入れられている、属しているト。「キミは1人ではないんだよ」的な一体感や安心感みたいなものは生まれるのではなかろうか。そうなればいいなとは思う。成功の責任は取りませんが、定期券が発行されるならぜひ購入したい。
無責任発言コーチ。
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